ワールド・コーリング

小説を書いたり、読書をしたり、写真を撮ったり、ゲームをしたりします、

七月のこと

 今月は仕事を休むことが多くて、と言うのも、このご時世で業績が芳しくなく、我が社も経営が厳しくなってきており、お得意さまだと思っていたところがいざとなればコストカットを名目に取引を中止したり、そもそも資材がなくてラインを動かせないといった問題に直面している会社もあって、まあ暇になっているからだ。

 役員たちは懸命に走り回って、資金繰りやら新規顧客の獲得やらに奔走しているようである。意地でも工場を止めたくないのだろう。だから、という訳ではないが、彼らの分まで私が有給を消化してぐだぐださせていただいている。

 

 そう言えば、祖父が学生闘争を口実に大学の講義をサボり、河川敷で誰に聞かせるでもないバイオリンを弾いていたという話を聞いた。祖父が亡くなってもう何年になるだろう。

 私の祖父は内気で破天荒な人だった。バイオリンが趣味で詩作を好み、句を少々嗜んでいたようである。しかし、何より好きだったのはアルコールだったようだ。「毎晩のように家に警察が来ていた」。そう祖母に聞かされた時はギョっとしたが、何のことはない、泥酔して道ばたに倒れて、そのたびに警官に運ばれて自宅に戻っていたのである。警察の間ではちょっとした有名人だったのではないだろうか。もちろん、良い意味ではなく。どこでどういう人とどういう酒を飲んでいたのかまでは分からないが、そう書いていると何だか野良猫のような人だと思うが、野良猫は腹が減ればいつもの場所に戻ってくるが、祖父は必ずしもそうではない。こうして祖父のことを文字におこしていると、どこの誰かとも知らない人と飲み歩いた本人だけの歴史が、何かの間違いで私に降ってこないかと願ってしまう。盆が近い。野良猫のようにふらりと帰ってきてくれないだろうか。

 私の記憶にある祖父は、言い方は悪いが、怪物のような容姿をしていた。髪の毛を中途半端に伸ばし、垂れ目で鋭い眼光をしている。指が異様に長く、その針金のような人差し指によくタバコを引っかけては喫煙を楽しんでいた。そして、愛想笑いというのを一切しない人だったが、笑う際は全身で笑った。

 アルコール漬けの人生がたたって、晩年は手が震えてしまい、文字が書けなくなってしまったようだった。詩作もその時にきっぱりと諦めてしまったらしい。また、測量士としての資格も持っており、独立して事務所を開いたが、客と喧嘩ばかりするフリーランスであり、誰にでも槍を向けていた。そりゃフリーランス違いであろう。己の信条を曲げられない故に、自分の殻の中こそ正しい世界が広がっていると信じてしまうのである。手の震えは測量の道からも足を洗う結果をもたらした。そして、開業の際の借金だけが残ってしまったようだ。

 

 私が仕事を休んだ日の話をしよう。車を乗り回し、文章を書いては映画を見る。雨の日は窓を開けて、建設途中のアパートに被せられた幌を眺めていた。一つの水溜まりが、幌の撓みで隣の水溜まりと合流した時は口笛を吹いた。目を閉じて思い出す七月は雨の日ばかりである。

 

 iPhoneのアプリ「Waterlogged」を使って、一日に摂取した水の量を記録し始めた。目標は一日二リットル。理由はアプリがそう決めてくるからだ。だが、それがなかなか難しく達成できた日は、恐らく月の半分もない。あと、私は自分に甘いので「あとで台所に置いてきたコップの水を飲むから、カウントしちゃおう」とか「コップ半分しか飲んでないけど、一杯飲んだことにしよう」とか、胡散臭いログになりつつある。しかし、これが継続のコツである。

 一日二リットル、水を飲むようになって感じた体の変化は特にない。本当にない。トイレが近くなったくらいだろうか。あと、水以外の飲み物をなるべく飲まないようになった。コーヒーや清涼飲料水にも水分は含まれているのだろうが、もっと言えば普段の食事にも水はもれなく忍んでいるのだが、認知して計算するのが面倒くさい。故にひたすら水を飲んでいる。飽きるまで続けてみようと思っている。あと、爪が伸びるのが早くなったような気がする。

 

 所用で広島県福山市まで出かけたので、「ふくやま文学館」にお邪魔してきた。井伏鱒二の展示があったのだが、私は不勉強で彼の作品を一つも読んだことがなかった。一から彼のことを知っていこうと展示を眺め始めた。ああ、またか、と思うところに出くわした。ここだけではない。文学者の経歴を見て最近思うのは、「デビューした歳が自分より若いなあ」ということである。私も芥川賞を目指して小説を書いているのだが、まともに納得のいった作品を書けたためしがなく、結果が出たこともない。自分でも面白いと思えないものが、どうして他人に評価されようか。努力、努力で立ち向かうだけだ。才能と年齢の話はしない! 帰宅してから本屋で短歌の本を買うついでに、『山椒魚』を買ってきた。