Stareatphenix -一ノ瀬芳葵-

小説を書いたり、読書をしたり、写真を撮ったり、ゲームをしたりします。電子書籍を「ハイブリッドライブラリー」さまより出版させていただいております。Amazonからご購入いただけます。よろしくお願いします。

ストロングゼロブログ

「あれ?」っと思うともう年末である。あまり更新頻度やらアクセス数やらを気にしないタイプのブロガーなので、自分のブログを開いても「新しい記事を書く」以外が目に入らないのではあるが、前回更新が去年の九月というのはトップページには最新記事が表示されるという悲しい性によって分からされてしまうのであった。皆様お久しぶりでした。お変わりありませんでしょうか。私の方は特に大きな病気という病気もしなかったのだが、春頃に扁桃腺炎というのをやった。これがまた不可思議な病気で、体が熱っぽく、だるく、そして喉も痛い、という紛う事なく風邪だという症状が出るにもかかわらず、どれだけしつこく養生してもなかなか良くならないという、朝になるたびに「どうしてこう……どうにも分からんちんなんだ私の体は」と気怠く火照った体を起こしながら呟いてしまうほどの病だった。結局は病院で血液検査の末、抗生物質を処方されたところ徐々に快方へと向かったのであった。もう二度とかかりたくないですね。

 今年は人生で初めて東北地方を旅し、世界遺産金色堂を見るべく平泉の中尊寺へと参った。動機は、機動戦士ガンダムシリーズに登場する百式を初めて見た時のあの少年のような「黄金に包まれた」という存在の格好良さへの無垢な憧憬に似た、本当に単純なものであって「格好いいお寺が見たかった」というものだった。あまり一般的な見方ではないとは思うけれども、それならばあの場を訪れる多くの人は光の堂を見学した後に、どういう感想を抱くのであろうか。美しいと感じるのか。しかし、私が思うに寺の美しさというのは天然物に溶け込んだときのその風景の中に存在するのであって、歴史的な遺構として保存されている金色堂はその評価にカテゴライズされないというのが個人的見解だ。まあ、感じ方は人それぞれだろう。金色堂は間近で見たときの、あのまどろみの中で見る太陽の輝きを閉じ込めたような色彩が、適度にライトアップされた薄闇の中に胸が詰まるような姿で佇んでいるのにしっかりと感動させられた。月並みではあるが来て良かったなと思った。谷崎潤一郎の『陰影礼賛』にも、日本人の黄金を愛するその心みたいな箇所があった気がするが、その一節を思い出しながら寺を後にした。夏の東北は涼しいどころか寒さすら感じ、夜は薄い毛布にくるまっていたほどであった。ホットコーヒーを飲みながら始発の三陸リアス鉄道を眺めた朝は忘れられないだろう。

 谷崎潤一郎で思い出したが、確か三島由紀夫の『文章読本』に谷崎作品を評して「酒のように人を酔わせる文章」という部分があったはずだが、「ストロングゼロ文学」が一時期流行ったときに私は「すごいハードルに挑戦するな」と感心したのを覚えている。その実情はまるで違ったものだったわけだが。低コストで素早く酔える文学というのならば、うってつけのものがある。俳句だ。良い俳句というものは自ずと酔えるように出来ているのではないかと思うところがある。それと、名句を残す俳人には酒浸りも多かった。井上井月や種田山頭火がそうだ。明晰な頭脳とアルコールとの親和性について私は語る舌を持たないというか、語りたくないというのが本音なのではあるが、多分両者とも文章表現におけるスプリンターのような面があって、負担は白昼夢を見るために脳をアルコールに漬けておいて、いざという時には一気呵成にその創造性を発揮する……あくまで予想だ。第一、酔っ払いになったところで彼らのような名句を残せる可能性は億に一つも無いのだから。低コストで素早く酔える酒はストロングゼロ。文章は俳句。これは間違いないのであります。

 みなさま良いお年を。
 来年はいぬ年だよ。