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Stareatphenix -一ノ瀬芳葵-

小説を書いたり、読書をしたり、写真を撮ったり、ゲームをしたりします。電子書籍を「ハイブリッドライブラリー」さまより出版させていただいております。Amazonからご購入いただけます。よろしくお願いします。

記憶が危うい(『カーライルの家』 安岡章太郎)

 楽しい方々と牡蠣を食べに行った。牡蠣は海のミルクと呼ばれているらしいが、見て嗅いで味わってみても、乳製品との繋がりは見えてこないので不思議だ。調べてみると、栄養豊富ということでそういう呼ばれ方をされ始めたらしい。

 

  あとは、牡蠣の色が白っぽく、それも要因だとあった。だが、今日の牡蠣の店では「生焼けの牡蠣は食べないで、じっくり水分を飛ばして下さい」と言われたので、海のミルクとは言えど生で摂取出来ない辺り、ミルクに劣っていると言えよう。だが、綺麗に焼いた牡蠣は味わい深かった。

 

 その店は牡蠣をセルフサービスで焼いて客が食すというスタイルをとっているのだが、店員がどこか動物園や水族館で体験学習を担当しているような、粗野な部分があって職人っぽい人ばかりだった。帰りにサイゼリアに寄ったのだが、そこのチェーン店の慣れたウェイターと比べると、多くの生と死を見慣れてきたような達観した様子があった。そう言えば今日は鮮度の良いエビも出された。私はそれを見ながら、「このエビはきっと何時間前には生きていたんだろうな。あるいは今も……」と思いながら私は焼酎を飲んでいた。

 

 安岡章太郎の『カーライルの家』は、彼の交友関係を書いた『危うい記憶』と自身の留学先での体験談とカーライルについて書いた『カーライルの家』で構成されている。少し前から安岡章太郎という作家について気には成っていたのだが入りにくかった。どこが入り口か分からなかったのだ。だが、とりあえず薄いこの本を選んで読み終えた時、それがまるっきり作者のエッセイであったことを知り、先日読んだカートの『ホーカス・ポーカス』で同じであると気づいた。あれから私はカートを読もうと思わなかったが、安岡章太郎についてはこれからも追っていきたいと考えている。小林秀雄志賀直哉といった文豪たちと交流のあった安岡章太郎は、実に面白いエピソードをこの本の中で紹介している。友人の捉え方も彼独特であり、俄然、彼の書くものに興味が出てきたという風である。

 

『カーライルの家』は、安岡章太郎の亡き友人への優しい追憶と、そして感傷的では済ませない知性の輝きが目立つ一編である。友人のカーライルへの誤解を、死んだらあの世で指摘してやろう。そう言い放つ作者のユーモアと、生きているうちに彼よりも賢くなっていくという実践。私たちは死んだ者より偉大になれるかどうかは分からないが、賢くなることはきっとできる。そして、死んで食べられていった牡蠣は偉大であり、食べた私はそれよりも賢くなることを義務づけられた。牡蠣よりも賢く。明日も小説を書いて本を読もう。

 

カーライルの家

カーライルの家